拓プロダクション taku production

第 十三 巻

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無  題

ラジオは、よく聞く。

最近トミに、言葉が丁寧に成った。ケッコウな事でアル。

オイシイ話には、気を付けマシヨウ。  私は、忙しいですから。

ウチノ子は、お受験をひかえて、お夜食など気を使ってアゲテおります。

此の ワンチャンの、お名前は、なんとオッシャルんでしょう。 小生も考え直さねばナラヌ。

新聞など眺めて、カスッ!!  クソッ!! 等  時折つぶやく。

イケナイコトであった。 おッカス!! ウンコ!!    失礼シマシターッ。

 

空 想:

我が<お屋敷>から、南17分、油山中腹標高300Mに、
油山観光牧場(モーモーランド)がある。

福岡は、市内から30分以内に、海も山もある。

大きな施設で、お菓子の国を思わせる建物がいくつかあり、
少々の遊具を備えた牧場である。

牛の群を見ながら、バーベキューを楽しめる。
小生には、少々抵抗がアル。

今日の夕食は、焼き肉を提案シヨウ。

山の段差を利用した、長い滑り台がある。
カナリのショックと、熱を持つ。お尻が痛くケッコウ熱く感じた。

人にはナイショにしておこう。怪我をする程のことはない。

乳搾りの体験で並ぶナンゾは、バカである。
家内も、孫二人ともバカでアッタ。

風は、少々涼しくなったが、雲一つない快晴でコトノホカ、
深い青の空が高く清々しい上天気である。

人出は、多くなくスグに、駐車が出来た。駐車料は一日500円、入場は無料。
福博 市民の憩いの施設になっている。

オカネが掛からぬ事が、市民の憩いの場の、絶対条件である。

途中、杉等は無く、雑木林が続く。
来る道すがら、コスモス、色づいた実をイッパイに付けた柿の木が懐かしい。

紅葉がまぶしいハゼを見た。

脇道もなく、細いが新しい舗装の道である。

自ら発光していると見える銀杏の黄色をミタ。すすき、美しい竹林もミタ。

  

 

牧場の芝生は、既に茶に変色している。

このところ、ナニカと忙しかった。

ファミリーは、カッテに過ごしてクレ。

常に携帯のリュックからビニールシートを取り出し、
仰向けに寝て今日一日過ごす決意をした。

<なまけもの>が木にぶら下がり、
コアラが、ユウカリにしがみつき生涯の大部分を生活するヨウニ、
小生の生活の半分は、横になって過ごしたように思える。

およそ都会育ちではアルガ、田舎に憧れる。
ソレはそれで煩わしさもあろうが、田舎はヨロシイ。

空をみて、<グ>にも付かぬ事を考え、楽しい時間にナル。

今日は、<光>について考えた。

天地創造の冒頭<・・・神は光アレといった。>が好きである。

光が、我が身体を構成する分子に震動を与え心地よい発熱の状態を作る。

光と電波は、同じ物である。
有害な赤外線・紫外線・未知の電波・宇宙線が人間に、
<殺人消毒>をしているヤモしれぬ。

人間が、バンアレンタイ・オゾン層を傷つけた。
自然界の放射性物質・放射性同位元素が悪さをする。

最もコレが無いと地球は、45億年は持たなかった。
これから、先45億年は持つまい。
小生が言うのではナイ。ラザフォード君が言っている。

生き物は、普通日に30−80個の癌細胞が発生する。
発病するとは、限らない。
只、アンラッキーチャンスは、増やさぬ方が得策でアロウ。

小生、<光>にはアル空想がアル。

<相対性原理>・<光速度不変の原理>に喧嘩を売るつもりはナイ。
オソレオオイ。

<光>自身には、時間などはナイと考えてミタ。

<状態のみ>で粒でも波でもない。当然、<光速>等は、ナイ。
物質・質量が、時間を持ち込んだ。
観測する事が、<光>が我々を<カラカウ>チャンスを与える。

 

ホーキンスさん!、 物質は一瞬たりとも、見かけの光速を越える事はできない。

<光速不変の原理>にも反する。<小生の光時不存説>にも反する。
従って、ブラックホールの蒸発などあり得ない。
虚数の時間などもナイ。

序でながら、ビッグバンの前の状態が説明付かぬ限り。
ソレは、信用できない。体積のナイ一点から、
真空のインフレーションなどど。

宇宙の膨張には、外に理由ナキヤ。

<光>は、今のトコロ神の領分に思える。

物理を学ぶ諸氏!! ソウ、小生、ただフザケているダケです。
小生如きには、理解不可能デス。

...... 少し寝よう。眠くナッタ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

家内に起こされて、モウ帰る時間でアル。

太陽が西の山頂にもうスグ架かる。
東に、大きめの薄い月が見える。

15時に成っていた。有意義な1日を過ごした。

フリスビーに夢中の少年が小生の腹を践んで行ったダケで、
事件も無く今日一日おわりソウである。

19.30pm.09.sun.nov.1997

 

 

メルセデス ベンツ:

ドイツが世界に誇る、世界が賞賛する名車である。

以前は、医者かアウトローの人々の乗り物でアッタ。

現在、円高のセイもあり、一般人の車両として定着した。

ドイツ車は、航空機の製作から出たメーカーが多い。
さすがに技術力は優れてイル。

安全性は高い、デザインは、ヨイ。

故障が少ない。アウトバーン走行の必要上か、エンジンに申し分ない。
少々の切り込みにもフラリともしない。

制動能力が高い。難癖のツケようがナイ。

シカシ、小生は、キライである。 大嫌いでアルッ !!

 

運転をしてオル!!

        YA・KU・ZA も驚くヨウナッ!!!

                     19.20.pm..10.nov.1997

初の小型車両でミソを付けた。60kのコーナリングで、ネンネするそうな。

神話などはナイのカモ。<悪あがきナシ>で認めた!!ドッカが違うのよネーッ、ドッカの国トッ。

 

自転車泥棒:

カッテ我が家には、多いときで4台の自転車が有った。
娘二人が幼かった頃、家族揃ってサイクリングを楽しんだ時代があった。

自家用車は、軽自動車でスズキ フロンテ360を使用した時代であった。

今は、1台のみで、下の娘の足である。
ソレもしょちゅう盗まれる。盗メナイときは、バンクなど腹いせをスル。

子供の頃、フランスでアッタか、
”自転車泥棒”とかの題名の映画を父と見た。

無論白黒である。

世界恐慌の時期であろう。
失業に追い込まれた主人公か職探しにフンソウする。
職はナイ。食料品の店でアッタか、自転車を持参条件での職を見つける。
自転車はナイ、買う金も無かったのでアロウ。

幼い息子を連れて町にでたオリ。
魔が差した、路上に置かれた自転車を盗む。5.6人の男達に取り押さえられた。

人垣が大きく膨れた。
警察に、突き出すの、懲らしめるの騒いでいる。足蹴にされ、なぐられる。

幼い息子が人影からジットみている。
涙か頬を伝っていた。持ち主がそれに気づいた。悪態をツイテ其の泥棒を許してやった。

息子はなみだをヌグって、微笑んで、泥棒を見上げた。
泥棒は黙って息子の手を引いて町の雑踏に消えていった。

隣の席の父は、泣いていた。

その頃、父の友人で、鶴丸という印刷の活字拾いの名人といわれた人がいた。
右足が少し不自由な方でアッタ。

その人を含め、5人ばかりで我が家で飲んで雑談をしていた。

庭で、音がした、皆一斉に立ち上がった。ピンときた。自転車泥棒である。
その頃は、自転車は貴重品で、それが交通手段の大部分であった。
犯人は、小生より5つバカリ年上の男の子でアッタ。身よりのナイ戦災孤児である。
どこかの施設から逃げたしたのかもシレナイ。事情は知らない。

さてドウする。それからは、この子の身の振り方が議題である。
5人の子沢山の鶴丸さんが、家族に相談もせず引き取ると言った。
5人も6人も同じと笑っていた。みんな有り金をはたいて、カンパした。

其の孤児は、のちに、ラーメン屋のオヤジになり、家族を作った。

もう、35年も会っていない。消息はしらない。

自転車は、安くなった。簡単に放り出す。
泥棒の意識が薄く、乗っては捨て、捨てては盗む。
モノはユタカに、心は貧しく。簡単に借りて簡単に破産。

昔、小生も言われた、古代エジプトのピラミットの壁にもアル。

 

       ”ナッチョラン! 今時の若いモンは、!!”

                            6.00am. 17.oct.1997

 

この絵に、質問を受ける事がアル。

もう亡くなったが、
小生の叔父が若い時期、日本画家を目指していた。
モノには、成らなかったが、線の練習をシタモノが残っている。
美しい線を書いている。タマゴでさえと思う。

小生ごときがと思うが、戯れ事で書いている。
気に入ってくれる人もある。

狩野派の画家が、名を伏せ、月光の下、己の姿を水面にウツシ、
自由に描いた時代がアッタ。
15年ほど前、京都の古物美術商で見たとき感動した。
めでたい絵として珍重されたラシイ。

キライな画風の作者もいるが、それぞれ、
個性がアッテ 楽しい絵が多い。

扇子、羽織の裏地、手ぬぐいなどに用いたらしい。

小生は、出来るだけ省略する。
色もいらぬ、顔は、目、口、鼻穴、耳だけにする
泣いた顔、怒った顔は描かない。色男もブオトコもナイ。
手足の長さはコダワラない。動きダケにコダワル。
元の画風からは、遠ざかっている。

一時、物好きが、
お札を付けて、受験生向きの小物にとの、ハナシがアッタ。
ソレなりの絵を描かせるのでアロウが、恥さらしでもあり、
馬鹿馬鹿しいので断った。強いて言えば、鳥羽絵でアル。


 

無  題:

PL法成立 から久しい。

子供の”おもちゃ”をみて、オドロイタ。保護者の方へから始まるアレである。

<...をヤッテはイケマセン。....イケマセン。..イケマセーン。>

こんな、危険なモノ、販売して、イーノーッ!!

 

香 港:

若いジュブンは、何度か訪問した。

30才少し過ぎた位の時でアッタか、仕事も忙しく、
ホカに色々あって、精神が疲れ果てた時があった。自殺まで考える。

暑い暑い夏であった。落ち込んだ状況が長く続いた。

飛行機のカタチが好きで、時たま空港へ出かけたが、
休みの日でアッタロウと思う。ぼんやり飛行機を見ていて乗ろうと決意した。

カナリの金とパスポートは、持っていた、どこかに行く気でいたのだろうが、
<エァーシャイアム> に空席がアッタ。往復を安く買って乗ってしまった。

香港行きであった。短期滞在はビザがいらぬ。

随分とひどい飛行機で、トンガでの出稼ぎ労働者の帰りを乗せていた。
中国人労働者バカリであった。
乗員は、中国語で話しかけたきたが、分からないしメンドウなので、
調子だけを合わせて不便は無かった。

二度ばかり泊まったホンコンホテル近くの、安宿に泊まった。
円は、結構高くなっていた。物価が大変安い時代であった。

古い建物で、天井が高く、重々しい感じの部屋で、
クーラーは、音ばかりで暑い部屋。天井には大型の扇風機が回っていた。
戦時中は、日本のスパイのアジトではなかったかト、思わせる部屋であった。

旅行者は勘違いをする。日本語など通じないのが普通、英語は熱心に聞いてくれる。

心が晴れぬ儘、歩き回った。朝は、マクドナルド。
昼は殆ど食べず、夜は、ホンコンホテル前の大屋台集落か、

     16才くらいの少年がすぐに駆けつけて注文も受けずに
     春雨の肉入り麺の様なモノを運んでくる、ソレばかりを食わされた。

テンプルストリート(泥棒市場)ですませた。”青島(チンタオ)ビール”を結構、飲んだ。

清水建設が地下鉄工事をやっていた。
工事を眺めていたら。
工事現場の日本人が、仕事を世話してもヨイと英語で話しかけてきた。

ジーパンとポロシャツ、
財布等は、ホルダー様のモノで、シャツの下に付けていた。
着の身着のままである。

麻薬常習者が要求するでアロウ20ドルだけは、ポケットに入れていた。

  火葬場に紛れ込んでしまって、”おまいり”をしたり、

  麻薬の取引現場をホテルの窓から見学したり、

  太極拳は、年寄りダケのモノと知ったり、

  日本人は臆病で、話しかけると、恐れを成して逃げてしまうものと認識したり。

  親切過ぎるホテルの女性従業員サンがいたり、

  日本人を嫌う人は、沢山いることを、知ったり、

  ”列から離れないで! 危ないです。勝手な行動はヤメテ下さい。!”

                   日本の旅行屋の言動は、失敬だと思ったり。

コレといって特別な事は無かったが、目的もなくフラフラ歩き回った。

航空会社から電話が入って<エァーシャイヤム>が倒産と告げられた。

ビザを取った。

フィリピン人にカラマレた。
日本人だと言ったら、イメージが違うのか、信用デキナイと言って喧嘩をふっかけてきた。
余りのシツコさに、張り倒した。弱い二人組でよかった。
麻薬の金ほしさだったかも知れない。

3週間位たって、キャセイ航空から電話が入った。
来週末に代換え機をキャセイからだすという。

帰る2.3日前、夜の9時位でアッタか、
ホンコンホテルの脇の暗がりの階段に腰掛けていたら、
自転車の荷台に、箱を積んだ物売りから声をかけられた。

年格好は、少し上かなト思った。
黙っていたら、皿に大型の<キシメン>みたいなモノに、
茶色の汁をかけたモノを食えと言う。
現地通貨のバラ銭を12.3ドルを渡たそうとした。新発行の5ドル硬貨も含まれていた。

遠慮をしていたが、1ドルでアッタかソレだけを取った。中国人は、正直者が多い。
(タクシーて゛一度ボラレタダケ。)
此の通貨は、モウ用無しと日本語でいって無理に渡した。
理解できたのであろう。

本人も売れ残りを皿に盛って、横に座って一緒に食った。

カラーイ食い物であった。
”辛い!”と言ったら、笑っていた。

彼のたばこを一緒に吸った。辛いたばこデアッタ。
小生のたばこも一緒に吸った。
両切りのショートピースである。カラーイ煙草でアル。コレと穴のある硬貨は此処にはナイ。

日本人は、彼らの前を通り抜けるダケの人種で、珍しかったのカモシレナイ。

小一時間程、イロイロ話した。
仕事のこと、家族のこと、気が晴れぬ事、オヤジのこと、将来のゆめ。

アナタも話せと催促した。

お仕事のこと、ご家族のこと、ご気分が晴れぬ事、お父様のこと、御将来のゆめなど
話してくれた ト 思う。タブン。 熱心に語ってくれた。

中国人は日常握手をする。握手をして分かれた。

キャセイ航空は、綺麗な飛行機であっが、日本人女性乗員が英語で話しかける。
国籍を聞く、日本人と答えたら、首をチョットかしげて行ってしまった。

親切にしてくれたが、それから降りるまでズート英語であった。
ディクレァーはノンであった。

帰ったら、子供が飛びついてきた。
家内は、黙って迎えてくれた。

着て帰ったモノを黙って洗濯していたが、泣いていたようだった。
父は、何処でどう調べたか、ホンコンに居ることだけは、知っていた。

翌日でアッタか、済生会病院に出向いた。鬱病と診断され、時間をかけて詳しく聞いた。

胃腸薬が必要な位の薬をくれたが、病院を出たときは、モウ、七割方、復活していた。

薬の束をゴミ箱に捨てた。

   これからは、自分でコントロールが効く。二度とこんな事は、ゴメンダと思った。

                            21.15AM 17.OCT.1997

その後は、一度も起こらぬが、同じ悩みをお持ちの御仁、アホでナイ証拠!!。

正常な人などイヤシナイ。<鬱>でなれれば、<躁>でアル。

精・神・科・医の 北 杜夫氏 も又、同じヤマイ、気楽に行こうゼッ!!

 

 

 

 

 

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