拓プロダクション taku production

法  律

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OH ATARI !!

NANIYARA KAROKI

OH TUTUMI.

 

法  律:

純愛国者、盲目の愛国者には、不要のモノである。

小生ごとき、ヒニクレもの・ヤクザ・ペテン師・警察・タックスコレクター....等には、
必需品である。

法律をモッテ、ヨイ金ZURUとなす、職業もある。

法律は、かなり勉強した。
自慢になるまいが、宅建の試験を勉強ナシで受けたら、難なく通った。

憲法。コレはすばらしきモノで、小生も日本コク国民でいられるのか、
”おそれ多くもモッタイなくも”ト 恐縮する程のものである。

本文・判例などは、人にワカラヌほうが、得策と考えた御仁の作にみえる。
難解なのである。内容では無く、言葉がである。

内容は、シゴクアタリマエが多い。
民法・商法・刑法・民訴法・刑訴法・.....。

公職選挙法 同施行令 政治資金規制法 コレは、......

(初級のパズルとして面白い、出発から目的地まで、道のりを探すアレである。)

いずれにしても、施行令・規則を含めワカラヌことはない。

この辺まで、来ると法律をアナドルという、マチガイを犯す。

税法になると、ペテン師か、税理士シカ、と疑いたくなる。
特別処置のコウが増える。

あまりに、複雑なモノはきらいである。
ごまかしのニオイがする。

小生の、アキナイも、法律に縛られてオル。義務はアルガ、権利はあまりナイ。
3年に1度、免許の更新をする。

君が生まれる前から、
”このアキナイをしておるのだぞー”...と思える御仁から、<指導>を受ける。

屈辱はナイ。旅行業細則がワカランのである。運輸省通達が多いのでアル。

法律には、目的がある。目的がワカラヌでは、内容を推察もできない。
モットモ、公職選挙法・関連法等は、目的と内容が一致しない。

法律は、国の唯一の立法機関国会でコシラエル。
つまり代議士先生が作るのでアルカラニシテ、当然ともいえる。

以上をモッテ法律にカンする "質・疑・応・答"  は終了するが、
法律のガイヨウだけは、説明出来た。

福岡・博多も端とはいえ、日本国である。念のため。

機会がアレバ、例題などアゲテ、諸氏と語り明かしたいとオモウが
予定など立てない男であり、約束などは、"デアルカラニシテ"ではアルガ。 

  

                             今日のトコロハ。

                      06.03 am .01.nov.1997

 

 

 

福岡・博多も 南国とはいえ、

九州場所・千秋楽をさかいに、

冬支度を始めマス。

 

ラーメンばかりでは、無く、

ほかもアルデョ!。

 

信州・岡谷の信濃庵のザル
コノウエナク、旨かった。
二人前食った。 

コノウエナク、空腹でアッタ。


 

下克上:

此の平和な、時代に、博多の子供達の間で、物騒な下克上の兆しがアル。

小生の書いたモノが、少なからず少年達に影響を与えたヨウである。

小生の意図した事ではない。

博多は、縦割りの社会である。コレをイイの悪いのハナシではない。

上のモノは、シタのモノをいつくしみ、下のモノは上のモノをうやまう。

ケッコウナことである。

思春期の子供は、其の束縛を不自由と感ずる。当然の事である。

遊び感覚で、逆らう、反抗期である。ドナタモ覚えがあろう。

文書の社名を消し、 (コレがかわいい。)。
コピーを取って、子供達に回覧する。親に、大変な秘密を持つ。

商店街を駆け抜ける。

ドジな子が、チャブ台に忘れる。

オヤジが見る。

ナンジャッ!! コラーッ!!

商店街に、空襲警報!!

 

子供達ダケで集まり、ヒソヒソやる。ウチノ父ちゃんの競艇のはなし。
ネーチャンの化粧のハナシ。<自慢> シアウ。
カーチャンの口癖。

東京から帰った兄ちゃんをカッコイイと思ったり。
よそ者の東京人(コレだけで、ツヤツヤの最たるモノ)を軽蔑したり。

シメコミ・・・。

”もう、前バ、隠サナ。おもてば、歩ききらん!!”

<何処いきヨートナーッ>で、ハッ! とスル。

此のおいちゃんの商売な、アガッタリになる、等 心配してくれる。

彼らも、直ぐに大人になる。

心配ご無用、堂々とシメコミをなし、先陣で山笠を担ぐ時代がスグくる。

来福者に、<ケツの軍団>と冷やかされヨウとも !!。

 
 イイに付け、悪いにツケ。

  博多も少しヅツ。少しヅツ。変化をしているのデス。

 
 
                     下の娘に聞いた。 嬉しくて、12分で書いた。

                 22.00pm.01.nov.1997

 

 大失敗をした。博多で、<ドジな子>の表現は禁物でアッタ。

本人は、大層落ち込んだソウで、其の子に、心からお詫びをする。

ゴメンネッ。

21.00. 02.nov.1997

 

ウィーリー:

中央区薬院四つ角がら六本松へ向かう途中、
登り坂に、動物園入り口の信号機がある。

左に行けば、双葉女学園・其の先右は、福岡市動植物園である。
入り口信号で運悪く信号にカカッタ。

<ホンダ 50CC PIO>が割り込んで小生の真ん前に止まった。

黒の野球帽型のヘルメットで後頭部のみを<保護>した
18才前後の青年である。

気になる予感がした。

空ブカシを続けるのでアル。

信号が変わった。

青年よ!! ヨセッ!!ヤメイッ!

いきなり、ウイリーに挑戦!

見事! 5.6Mは、後輪走行した。バイク ダケ!!。
青年は、我が車のボンネット向こうに倒れていた。タブン。

さすが若者! 機敏に立ち上がり小生の顔をみた。

その時の顔は、ご想像にマカセル。

青年ヨッ!! ブラボウー! 君は、半分ガタ成功シタノダョ。

  ・・・   其のアトの事は、カキタクナイ。

 

                         22.20PM .01.NOV.1997

 

 

 

祖母は、草餅が好きであった。

特別の事が無くても、

こしらえる事がよくアッタ。

かみついたら

小生の、前歯が抜けた。

しばらく、手に取って眺めていた。

”・・・・・・・・・”

おバーチャンは、笑っていた。

 

ゾンビ:

今日は、朝から日曜日で休みである。

<カンパチ>を計画したが、残念ながら
<合資会社 親交会 福岡>の次期社長と目される人物
下の孫娘が扁桃腺をハラシタ。

(ヒニクレ型が小生にニテオル。)

上天気でもあり、手持ちブササでもあり。

近くの公園・福岡市動植物園裏手の展望台へ一人散歩にデタ。

博多・福岡が一望出来る。我が<お屋敷>から徒歩10分。

早朝散歩などしたことはナイ。

道すがら、白ヅクメの年寄り集団が展望台を目指してオッタ。
目的地に着いてオドロイタ。

5本ある隧道を福岡市の年寄り全部を集めたのカンがある。

ゾロゾロとやってくる。マルデ、<Zonbi>を思わせる。

白ずくめである。ご婦人と目される人物は、
白の帽子まて、かぶってオル。

小生は、勇気をモッテ、ベンチに腰掛けて見ていた。

<柔軟体操>五分ほどヤッテ 次!

一人の老人が声を掛けてくれた。

”ドウネッ・ 一緒にやらんネッ”

(小生少々身体ガよわいのデス)

”有り難うゴザイマス。 どーも”と断った。

第一ラジオ体操、チョット休んで、
第二体操、その上に柔軟体操をやっている。

断ってヨカッタ。ココには、救急車が入れない。

             ” ・・・・・・・・・!・・・?・・??

 

 テイネン ? ダレガャネン! どいつガャネン!! 

            高齢化社会がドウノコウノとッ!!

              国民年金がドウトカッ!!

      働かせろッ!!

       こき使カッテ ヤレー。!!!!

                                  と 思ったッ。
07.50. am .02. nov.1997

 

 

博多言葉:

前にも書いた。少年時代は、結核で寝たり起きたりの生活をした。

この時期に、言語の基礎が出来るとオモウ。

小生は、ラジオで育った。
民放は無く、NHK・第一・第二と極東放送のみデアッタ。

美しい、日本語を聞かされた。

時々、江戸落語等をやる。言葉で、情景が目に浮かぶ。

ラジオドラマ・朗読 コレは待ち遠しい番組であり、
本は、想像力をかき立てた。

博多言葉に出遅れた。世間に出たときは、もう手遅れであった。

大阪弁は、スグ馴染んだ、自分なりに使う。
大阪人からは、どうなのかはワカラナイ。

博多言葉は難しい。

<ぞんざい>から、<尊敬語>まで、幾種類もアル。
聞いて、ワカラヌ事は無いが、しゃべれない。
イントネーションがやっかいであり苦労でアル。

博多で生活スルにはモットモ必修の科目である。

幾つも気に入った言葉があるが、その一つに、<シロシカー>がある。

梅雨時などに、コレを、聞くと、博多人は
頭髪、背中、ヘソの周り、太ももの裏、足の指の間に、
一時に、<黒カビ>が生える様な、”ココロモチ” がスル。

美しくはないが、東北・北海道の<シバレルー>に匹敵する。

残念ながら、若い人たちに、純粋の博多弁が減ってきた。
博多弁は、カッコ 悪くないとオモウのデス。

小生は、小松政夫氏の中腰の博多弁が好きである。

カノ氏の、重病説のオリは、心配した。

                    元気で、活躍してクダサイ。

報ろう ニャァー 。 いろいろ、SIROSIKA 事のアッタろうバッテン 。

ヨカッタ ネーーッ。 頑張ってツカーサィッ。

                         (今日は小生、至ってヒマなのデス。)

 

 

好 物:

 

食べ物は、何がオスキですか?  等と問われる事がある。

困るのでアル。

今は、空腹ではアリマセン。と答えたくなる。

それでも重ねて問われると、”よけいなオセワ” と言いたくなる。

空腹な時は、何でも食える。  旨いのでアル。

小生と同じゼネレーションの人物が、食い物を称して、

”ウン!  コノマロヤカサが、口の中にファッとヒロガリ......”

 

子供の頃何を食ったか思い出してミロッ!!

すいとんの水腹で、ベルトをキツク締めて、

ベルト穴をぼろぼろにしたのを忘れたか!!

 

親が、苦労の買い出シッ、見忘れたか!!

お婆ちゃんが作った、メリケン粉に黄色の染料いり、ライスカレーは、絶品であった。

オヤジが、<おたま>で作った、カルメラは、世界一であった。

母が作った。メリケン粉の煎餅は、草加煎餅などアシモトにも及ぶまい。

 

ザマーミロッ!!

BAkka YA・・・・ !!

イカン これ以上続けると 持病の<鬱>がオコル。

 

         失礼!!    オワリッ!!

                            21.00PM.03.NOV.1997                          

 

 

ホンダの本田さん:

今日は祭日、文化の日、文化包丁の日・文化住宅の日ではナイ。
朝飯を箸を使って食う・小生がパソコンを使う。コレも文化である。

ワザワザ、文化の日ナドト。
休日に不服はナイ。マッ結構とシテオコウ。

下の孫娘の具合がヨロシクナイ。心配はナイ。
小生の多分母方の先祖が、扁桃腺のウィルスをDNAに組み込んだらしい。 遺伝である。

 

 

昔、<ホンダの本田さん>に、2度お目に掛かった。

コノカタは、よく製作機械を壊したと聞いている。

製品管理の厳しい人で、計測用ゲイジを大量に購入された。
その事で何度か訪問した。

記憶とは、いい加減のモノで、場所を忘れた。

大きな立派な新築の工場ビル横に、町工場の様な建物がアッタ。
裏は、バイクのテストコースにナッテていたとオモウ。

日本語が上手な沖縄出身の<与那嶺氏>が 確か、ホンダのテストドライバーにナッタ。他社かもシレナイ。)

その頃は、東京オリンピックに向けて、神武景気?
東京、昭和通りが地下鉄工事中で、車の渋滞は当然と受け止めてイタ。

首都の半分以上の人を殺せる量の青酸ソーダを、
ミゼットの荷台に、平気で走り回っていた時代である。

漂白用食品添加物に、ホルマリン系薬品を
常識のヨウに使った時代であった。

其の町工場らしき、建物に、油汚れのツナギを着た人物、
バイクを組み立ててイタ方が、<ホンダの本田さん>でアッタ。

小生、気が付かぬママ、側に腰をかがめて見ていた。

バイクは、”好きか” と聞かれた。 ”エー” と答えた。
暫く見てから帰った。只ソレだけである。

コノカタが、<赤>と<白>の車を、我々にプレゼントした人である。

ソレまでは、此のイロは、国の独占でアッタ。(法的根拠はナイ)

此の色騒動を、通産省・運輸省・その他の関係省庁と掛け合い、
喧嘩で勝ち取った。

他のメーカーは、通産省のヒゴのモト、ご無理ごもっともを通していた。

暫くして、日本初 ツーシーター 真っ赤なスポーツカー 800CC が誕生した。

高嶺の花であった。

その後でアッタカ、其の<ホンダの本田さん>と同じ場所で、
同じ様な会話で暫く見てから帰った。

其の時は、<ホンダの本田さん>と分かっていた。

                         只ソレだけの話デス。

                            10.00 am.03.NOV.1997

マタモヤ、舌足らずでアッタ。製作機械をよく壊されると書いた。
限界以上の稼働をなさるのである。そこで改良・改革が生まれる。発想の転換である。

ホンダ車両 CR−Xに乗りたかった。家内が福岡日産サニーの所長立花氏に気を使った。

現在、レパードXV 別注車両に乗っている。

 

 

 

 

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