拓プロダクション taku production

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とりあえず  第一巻

 

プロローグ

   俺も男バィッ! 女に見えない博多の男がこれを前置きの話は、
          大抵 女の腐ったみた、話になる。
              (注:ズット遠い国の女性の事です。)

   ソリャー女やケン ! 女に見えない博多の女がこれを前置きの話は、
          大抵 哀れな女の半生みた、苦労話になる。
              (注:大抵の女性は、女に見えます。)

 

仕 切  ”キッサーンッ!!” この時の勢いが後で大きな意味を持つ。
     ”キッサーン チャ なんか!! キッサーンッ!” と答えヨウ。

 (傾向と対策:貴様 トカ おまえデハ イケナイ。必ず <貴サーンッ>から始めよう。)

 

仲 裁    マァー マァー マァー  あんたも悪かバッテン、 あんたも悪かバイ。

          後のあんたが、多少腕力に難ある男と判別出来る。

   (博多言葉には、”隠された大いなる意味”を嗅ぎ取る能力が要求される。ゆめゆめ油断をしては、イケナイ。)

 

喧 嘩  盛り場で派手な喧嘩。集団でのモノは、ミットも無く収まりがつきにくいものであるが、

     1対1の場合は、えてして愛嬌のあるものが有る。

     ある日ある所

     登場人物 A  女づれ(どこかの日陰で生きる厚化粧の女)。
             遊び人風の30代半ばの男。(今時、パンチパーマ)
          B  皿利満風の40代そこそこのオトコ。多少酩酊ぎみ。

     事の起こりは不明、お互い大声でののしりあう所から幕が開いた。

     情勢は、女づれの方に優位であった。 いかがあいならんと心配いしていたら、
     程を見計らって女が間に入り、徹底して相手にわびながら連れの男性をしかった、

     叱りつけた。男の力で連れの女を突き飛ばす事ぐらい出来そうなものを、
     不思議と押し戻される形で前線離脱、相手をののしりながら終演を迎えた。

              このときの博多の女の上気した顔がウツクシク見えた。

    トリカタのオデマシもなく収まった事。 ケッコウケッコウ

 

日 没

  ももち海浜公園から見る夏の日の入りは、
  大きなモジドオリ真っ赤な火の球。

  日本海側の有る町の日の入りの瞬間、
  耳をすますと ”ジュ!” と音がする話を
  何処かで聞いた事がある。

  此処では、山に隠れて暫くしてから、
  西に残った夕焼けの空へ”蒸気”が真っ直ぐに立ち登る。

  

本 編

        どこ いきよーとナー: 00010

     暮れかけた蒸し暑い西中洲、春吉橋にかかるあたりで、

     <ピシィ>と 首と後頭部の継ぎ目あたりに痛みは無いが
     可成りの音がした。

”アッ  MARUチャン”

     白の半袖カッタ白のズボン香港製ローレックスの
     MARUチャンがそこに居た。ほとんど山の神に任せた魚やである。

     イイナー 中洲にでも、行くのかな

”何処いきょーとナー”


     博多では、チョットそこまで では、およそすませられない。

 ”オヤジの具合のクサ......ソイケンクサ.....タイ。”

 ”そうな。うちもクサ 去年....デ.クサ...ヤッタイタイ。”

     知とる、シットルです。

 ”あんたも大変ヤッタツ チャネー”

 ”そげなふうータイ。 いそぎよッチャロ”

     急いでおるんデス。

              ”ホナッ 又”

           今日は、 モウ オトモダチに会いたくないナ。走ろうッ。

 

博多仁和加: 00020

       ”ドウネッ”

          酒屋兼米やの自他共に許す怠け者KAKUチャンが
          今日の上天気を背負って
          裏木戸から上機嫌でやって来た。

          此の大将の上機嫌は、少なからず周りに迷惑をかける。

          一通りとりとめの無い話をして、

       ”サーテッ!と!”

          帰るのかと思ったら、
          猫の額ほどの庭を見回し小さな5個ばかりの実を付けた
          ほうずきの鉢に目を留めて何か言いたげな様子。

          水を向けるのも面倒で黙っていたら、
          意を決した様子で、

       ”昨日クサッ。 面白かニワカば、仕入れッ タッタィ。”と来た。

          アレ! ほうずきの話じゃないの

       ”笑ろうたやネー 聞かし チャロウカ?”

       ”どげなニワカネッ。"

          ここまで来たら此の返事しか無いので アル。
          トリカタ(ポリスマン)と町人とのかけあいで、
          立ち小便をいさめるトリカタが<又からしたらイカンゾー>とたしなめる。

          町人は、少し声を高めてみえを決め奇妙な声で、

       <ショウベンのことやケン 股からスルッ!!>

          ただ此だけの事である。
          ほんの1分もかからぬ話で、3分は引っ張る。

          死んだ おばぁちゃんの おはこであった。

          トリカタの、<又から>はたぶん標準語には無いと思う、
          <今度から>とか<再度>の意味である。

       ”ドゲンネ オモシロカロー”

          仕方ないから ウン と答えておいた。
          KAKUチャンは、何とかその場を繕って今来た路地を帰っていった。
          肩が少し寂しそうであった。

          マッ 毎度の事 帆折ッておこう。

       * 福岡市民局地域振興部発行

            福岡アメニティ百選 によると、
            ニワカは江戸時代から350年受け継がれた大衆芸能と有り
            後に博多の旦那衆の素人芸として今日に至るとある。

              注意して聞いている訳ではないが、
            此はと思うモノを耳にしたことがない。
             ユーモァのセンスが薄いのか理解出来ないのである。

            ひょっとしたら、
            博多の旦那衆を芸者や御店の従業員がオダテたのかも、
            とさえ思えるのである。

            間違えていたら謝ります。

 

テリトリー: 00030

  プライバシー?イャ違う そんなモノは、無いと思し召せ。

  有ると断言できる御仁は、プライバシーの意味を履き違えておる。

  テリトリーの話をしようと思う。

       はて?   ドウシタモノカ 思い付かない。

  最後の砦便所、これも危ない、それが証拠に現に、maruチャン等は、
  待ったなしで板戸越しに明日の釣りの打ち合わせなど、
  持ちかけるのである。

  風呂などは、広さの関係で侵略を諦めているにちがいないが、
  安心は出来ない。

  筋向かいの山の神等、好物のイモの煮っ転がしを、
  鍋から良質のモノばかり3個は、ホウバリ

  ”チョット砂糖ケのたりん ゴタァーネェー”とか批判をしたあげく、
  ”ウチンがたも此にショ” そそくさと立ち去る。


  仕返しをしてやりたいが、博多の男は、台所には入らない...。
  ことになってなっている。筋向かいの家の台所? めっそうもない。

  噂が素で7両2分では収まるまい。

  伺候してクワダテは夢のゴトシ、いわんや、結論ナゾ出ぬ儘、メモリーを無駄にした。  次へ!!


餓 鬼 : 00040

佐賀の肥前夢街道で、ス焼きの小皿に、絵付けを愉しんでいた。

晩夏と言えドモ、
結構暑い日で、茶畑から土のにおいをイッパイに含んだ熱風が吹き抜ける小屋であった。

ぼんやり餌も付けずに頬杖をついて釣りをしている?男のイメージでかいた。

反省などしないたちなので、満足なモノが出来たとサインなど正にせんとした時、
”ヨッー天才”とのかけ声が頭越しに、振り返ると10才前後の餓鬼であった。

覚えがある、子供の頃大人びて見せたくて一発覚悟で発した一言、
此の餓鬼に其の覚悟があったかどうか、不明だが気分がよかった。

此の皿を進呈したかったが2週間程掛かるのでよしにした。
今でも思い出すとニャッとなる。 

若い女の子 : 00050

見知らぬ若い女の子がすり寄って来た。
懐かしい手の感触であった。

”パパあれカッテー”

”何が欲しいの?”

バネで弾かれたように、振り返りもせず走り去った。
5.6才の女の子であった。

彼女がお年頃になってからも何度か此の事を思い出すン ジャナイカナ。

サラバ!! 一瞬の恋人よ!!元気に育てョ!!。

  

旅 行: 00060

  初秋のヤットしのぎ安くっなって扇風機をつけるか消すか迷う季節。
  夕飯最中に、座敷の方からkakuチャンの声。

”上がるバイ ”

”ナンゴトナ?”

  もう ちゃぶ台の前に鎮座しておる。
  家が狭いせいでもあるが、軽業師の早業を思わせる。
  履き物を脱ぐ間があったか心配なぐらいだ。

”旅行 行くバイ。”

”だれが?”

”うちラちが タイ。”

  何かの折りに MARUチャン と KAKUチャン とで旅行の話が決まり
  日にちも10月10日が良かろうと言う所まで決まったらしい。
  付いては、今度の土曜日7時に<たかチャンの店>に集合。
  行き先を決する。とのコト。

”ソンならナ、頼むバイ。”

 

  茶も飲まずに、来たとき同様 早業で帰って行った。
  履き物は履く間があったか心配なくらい...。

  人の都合も何もあったもんじゃないのです。
  マァッ、いつものコトですから。

  当日、万難?を排して<たかチャンの店>に出かけた。
  店の前でKAKUチャンと一緒になった。

  のれんをくぐ...今は目だたぬが
  此ののれん仕舞忘れたのか昼間見る機会があった。

  随分と油汚れがしているシロモノで客が手を拭いて帰るせいかナ、
  たかチャンの汗と涙のあととも取れる。

  客は2人だけである。

  カウンターから首だけ出して二個の風穴から煙を吹いているのが
  此のオタナの女主人である。

”今日は、何バを飲もうかネーーーー”とKAKUチャン

”ナーンも考えるコターなかろうが KAKUチャン....

   MARUチャン な来るとネ?..........

     そゲンネ、1時間な せわなかね。” と女主人。

  焼酎白波のお湯割が2つ出テきた。

  ソーウナンデス。MARUチャンは普通1時間は、遅れるのデス。
  タマーに早いときが有るので困るのデスが。

  おでんを摘みながら、あれこれ話している内に
  別府温泉が良かろうと言うことになった。

  後は、MARUチャンの到着を待って芸者のコトを決めよう。

  チョウド8時 MARUチャンのご出座、オヤッ 気のせいか、少し不機嫌の様に見えた。

  折りを見て、KAKUチャンが

”旅行の事バッテンクサ 別府はどうね”

”別府ナー 別府やったら ウチャ行かんバイ!!”

  別府に大変な悪さをしたか、されたのか、それからMARUチャンは、だまりコクッテ。
  悪酔いの奈落に落ちていった。

  カンバンまでいて、酔った MARUチャンをKAKUチャンがおんぶで送っていった。

  二人の行く手に明るい満月、コンクリートの地面に長い影かゆらりふーらふら。

  モウ、この辺の路地もスカッリ鉄筋コンクリートなのデス。

   

   後日、KAKUチャンによるとMARUチャンの山の神から聞いた話とて、
   10月10日は、福岡市鮮魚小売商の代表として小倉に、日帰り研修で出かける予定。

   <福岡の鮮魚の現状と対策>など語るので有ろうか、失策を恐れて気が重かったとみえる。

   お人好しなところも有るのです。
   頼まれて良い顔をしたに違いないが
   10人以上の群衆の面前では言語障害が起こるのです。

   山の神は ”ウチの馬鹿亭主が!”を連発していたと聞いた。

   たぶん、苦い思い出を呼び覚ます旅行の話は、立ち消え!!

 

海 投げ釣り: 00070

久しぶりに、暇が出来たので(見得ではないホントウニ忙しかったのです。)
ウチの”おなご”を連れて
(博多では、間違っても ニョウボとか妻とか呼んではイケナイ馬鹿にされる。)
マリゾンに昼メシをクイに、行った。
(間違っても食事はイケナイ.../くどくナルノデ以下注釈は割愛スル。)

あまりの上天気に誘われて お車から投げ釣りの竿を取り出し、砂浜に出た。

トランクには、
素振り用ドライバー・アイアン5番・レース用ヘルメット・レース用スーツ
・シューズ・虫取り網・虫取り籠・魚すくい用網・救急用リュック・水泳パンツ
・浮き輪・ローラースケート・寝袋・・・・エトセトラ エトセトラ エトセトラ 諸々入っている。

用心が良い訳では無い。只だらしないのである。
此の雪の心配のいらぬ季節にチェーンまで携帯しているのである。

ササオカ ダイエー にて 1、980円で購入した釣り具一式を携えて、浜辺へ繰り出した。
おもむろに仕掛けなど点検、餌はもとより針は不要である。

我が釣り竿は、竿と可成の重量のオモリ、糸の付いたリールがあれば十分なのデス。

ここぞと思うポイントに、投げる。
オモリは黒い弾丸となって、志賀島方面に唸りを発して飛び立つ。

志賀島に被害を及ぼさぬあたりに落下する。痛快。後はたくり寄せることもせずジット待つ。

”おいちゃん何が釣れるトッ”

  ホラッ 小学校2.3年の男の子と3.4才の女の子がヒツ ト。

”ウン、海やけんね、色々釣れるトョ、

  この間は、逃がしてしもうたバッテン。

    今思うとクジラのゴタッタ。”

”・・・・”

  悪ふざけが過ぎた。後ろにフタオヤの気配。同じ事を聞く。

”今日はダメ、餌ばかりとられて...” 早々に帰りじたく。

  ウチの”おなご”が遠くで笑っていた。

  

   

水上スクーター: 00080

海が好きでタマに、ももち海浜公園の砂浜で、雲を見ながら起きては、まどろみ、
まどろんでは、起きての半日を過ごす事がある。

此処がまだ、博多湾の沖合だった頃、
若くして死んだ母(享年27才)との思い出の場所であった。

博多湾が今より少しばかり広かった頃の事である。

<春の海>が似合う様な晩夏である。

めまいがするような真っ青の空に、透き通った雲が
2つゆっくりと流れている。

もう秋はすぐそこ....。

突如猛烈な炸裂音に、我に返った。2艘と言うか2台と言うか、
水上暴走族が波打ち際に沿って、すれすれの競争をいている。
見れば幼い子供達が6.7人水遊びをしているではないか。

 ”この野郎!!”

此の海の埋め立てをクワダテた進藤一馬(間違って居たら謝ります。)への怨念と
2人の若造とへの、怒りが一度に爆発した。

 波打ち際へ、走った。 出来る限りの声をあげののしった。叫んだ。わめいた。

涙がデテキタ。ついぞ無いことであった。

3ドも目の前を往復して。能古島方面に直進して防波堤の影で見えなくなった。
ほんの 短い時間であった。浜べの幾人もの人々が何事かと驚いているのを背中で感じた。
モウ、帰ろうゥ。 疲れた、気が抜けた、足が重かった、車の方へ歩き出した。

白地に黒字のカンバンがあった。

”水上スポーツ基地 一般の方 入場禁止”みた、意味のことが書いてあった。

  

   


  モーターファンの若者よ、我がコムニストよ、少し暇が出来たら参上する。
首を洗って待っていたまえ。ワハハハ...ハ..コボッ、コボ.ゴ コボ...アッ 血圧が...

 

 








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